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2012/06/12

ペース・メソッドの原点に立って

神保洋子 (ジャパンディヴィジョンエリア・コーディネーター)

 

私たちが友達と付き合う時、心がなくてはうまくいきません。私たちにはやさしい心があり、そして役に立つ頭脳があり、それらをもって適切な行動をとることができます。心があってもそれが表現されていなくてはなんにもならないし、それを人にわかって貰うためには頭の働きがなくてはなりません。心と頭と身体の三者は人間の基本的な機能です。そのバランスが一旦くずれると、トラブルがおこります。子どもを育てる時その三つの人間の大切なファクターをバランスよく成長させなければならないことはいうまでもありません。     

 

 最近の恐ろしい事件を見て分析してみると、この三つのバランスがくずれたところで起こっています。むしろ学校の成績は優秀だったり一見やさしい人物と評判をとっていたりした人が突然恐ろしい事件を起こすのはよくあることです。それは、成長の過程で何か全くバランスのとれないようなことがあったということが発見されるものです。私がペース先生の理念に感動したのは、音楽する心と音楽の内容を理解できる頭脳とそれを扱えるテクニックの三者がバランスよく開発されなければいけない、というピアノを弾く上では当然あるべきことを強調されている点でした。更に音楽の講義でありながら、私が本当に感動をしたのは音楽だけにとどまらず、この三つのバランスをとることは、実は日常生活でも全く同じく大切なことであり、若者の犯罪が増えてきているのはこの三者のバランスがよくとれるように教育が行われていないからだと言及されたときでした。音楽教育が教育全体の中でいかに重要な位置を占めるべきか私たちはもっと真剣に考えるべきだということをロバート・ペースは気づかせてくれました。ギリシャ時代に音楽が尊重されていた傾向を考えてみることもできます。人間の文明がすばらしく発展をとげたギリシャ時代にです。人間が人間であるべく内容豊かな生活を送るために音楽は盛んだったと考えられます。ペース・メソッドのような音楽教育が子どもを育てる上でいかに大切か、そして私たちにとって最も大切なことである平和の維持と社会全体の内容豊かな発展に必要な人間を育てるために、音楽教育が大切な役割をはたしているといっても過言ではないでしょう。実際、それに役立つような音楽教育を私たちは真剣に考えなければなりません。

 

 さて、心と頭と手(身体)がバランスをとって同時に働くように開発、訓練するといっても具体的にどのようなレッスンをしたらよいか、実は私たちピアノ教育の専門家にとっては一番考えなくてはならないところです。ひとつの試みとして三つ一緒では大きすぎ、複雑すぎるので二つずつ別々に分けて考えてみようと思います。

 

まず指と頭、3/4拍子あるいは4/4拍子でひとつのパターンを用意します。それをシークエンスにしたり、反転させていくようなことをまず頭の中でやり具体的に指を使って音に具現して行く作業をおこないます。これは音楽の訓練ですから、いわゆる音感と結びつけていかなくてはなりません。弾く前に楽譜を見て音楽が聴こえてくるようになる訓練もしなければなりません。聴こえた音を歌ってみる練習も必要です。そうして指と頭、もちろん耳も必然的にはいってきますが、これらを常に一緒に働かせる習慣をつけるようにします。

 

 次に手と心を結びつける試みです。短いフレーズを設定し、ダイナミックスを色々に変えてみます。フォルテ、ピアノ、特にクレッシェンド、そしてディミヌエンドの効果を出す練習をやってみます。そこではどのようなやり方が一番効果的な表現ができるか考えてみるようにします。ダイナミックスを変えてみるのは最もわかりやすい簡単な例ですがレベルが上がってくるに従いタッチを少し変えてみる、あるいはアーティキュレーションを変えてみるなど、音楽的なテクニックの変化を使って表情を変えてみながらよりよい表現を作る訓練をします。そして音楽的により魅力ある表現はどのようにすべきか、自分が納得いくように指を動かす訓練をします。何故表現が大切かといえば音楽とはコミュニケーションだからです。先生に言われたことだけやっていても、あるいは独りよがりにただ自分に出来ることだけ繰り返していても最終的に本当に自分の納得のいく、あるいは誰もが理解してくれる表現はできていないかもしれません。音楽には長い歴史の中でできてきたルールや常識が沢山ありますから先生に指導を受ける必要があります。先生の指導の方向にそって訓練していくことは最も大切なことは言うまでもないことですが、同時に納得のいく方向を探し当て自分の作った音の中に没頭できるまであれこれと表現を試してみることも大切です。

 

 最後には個々に訓練してきたこれらのことが全部ひとつとなり、同時に指と頭と心のバランスがとれた魅力ある演奏に到達しなければなりません。自分の音楽を聴き、他の人にも自分の音楽を聴かせてあげているのだという実感がもて、聴いている人には感動を与えられるような音楽にならなければなりません。

 

 そのためには、同じような音楽的な力と同じような表現への欲求を持ったパートナーとグループを組んで学ぶのが最も効果的です。友達同士ディスカッションをし、よくないところは先生の意見を聞き、先生から与えられた方向も考えながらアジャストし、音楽の訓練をしていくことが理想です。パートナーの良いところはとり入れ、自分の音楽もパートナーの熱心な聴き方により、それならもっとみがきをかけたいという意欲がわき、パートナーと共によりよい表現を設計し、実現していきます。そして子どもたちはお互いにわかり合い尊敬しあいながらレッスンをすすめていきます。彼らは長い年月の間にどんなに進歩を遂げるでしょうか。そして、なによりもその年月の間にどれほどその進歩を楽しむことができるでしょうか。 私たちペース・メソッドの先生は彼らが三者一体を目標としたこの有意義なレッスンを一人でも多く学んで育って欲しいと願っています。また、私たちの仕事として大切なことは、それを理屈のみでなく現実に子どもを育てておられる保護者の方々に真剣に考えていただき、一人でも多くの子どもがこの音楽教育の恩恵が受けられるようできるだけの努力をしていくことです。

 

                             ≪ 『研究会ジャーナル』 No.40 (2008年11月号より抜粋) ≫