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2012/06/22

今も生きつづけるペース・メソッド

 

 

 

山田雅子(Jimbo Music Studio 卒業生・アメリカ在住)

 

 

 私は、小学校低学年の頃からニュージャージー州のJimbo Music Studioでペース・メソッドのピアノレッスンを受け、高校卒業と同時にレベルⅥを終了しました。早いもので高校を卒業して20年経ちます。

 

高校卒業後も大学の構内や大学院の近くの音楽大学などで個人レッスンやアンサンブルのクラスなどを受け続けてきました。その間、大学や社会人リサイタルなどで個人のソロや友だちの伴奏などの演奏もしてきました。が、20代後半に大企業(GE)に就職してからは、状況がガラッと変わりました。エンジニア生活を送りながらもなんとか音楽と接点を持つべく、私の住む町のオーケストラの理事会のメンバーになり、高校生のピアノコンクールの幹事を務め、機会があってはコンサートに足を運んできました。しかし半ば家にピアノがないため、自らピアノを触ることはここ10年ほとんどありませんでした。

 

転機は2年前。仕事も落ち着いてきた頃、夫と一緒に思い切ってピアノを買う決心をしたのです。ニューヨークの日本人学校に通っていた当時より長年お世話になってきた積田勝・孝子先生ご夫妻にインスパイアされ(積田勝先生はジュリアード音楽院の元主任ピアノ技術者)、1920年代もののリフォームされたスタインウエイのグランドを購入することになりました。ピアノは積田先生のアトリエよりトラックで3時間ゆらされ、ようやくうちにやってきました。次いで積田先生にも、泊まりがけで調律に来て頂きました。

 

ここまで大切にかわいがられてきたピアノであるからには、早速、会社の同僚のヴァイオリニストと毎週一緒に練習することにしました。彼女も私と同じエンジニアですが、イーストマン音楽院で著名な教授の下で修士号を取得したプロ並みの演奏家です。会社の昼休みにもささやかなコンサートを開きました。

 

その後、ニューヨーク州都のオーケストラに勤める日本人ヴァイオリニストとも知り合う機会があり、東日本大震災の直後にチャリティーリサイタルを一緒に企画しないかという呼びかけがありました。被災地の方に応援の気持ちが伝わるよう、そしてなるべくたくさんの義援金が届くよう、全員、真剣そのもので取りかかりました。私以外のメンバーはジュリアード、マンハッタン音楽院、イーストマン音楽院ら一流の音楽大学の同窓生でしたが、なんとか全員・全曲の伴奏を務めることができました。チャリティーリサイタルには、お客さんは200人ほど集まりましたが、結果として義援金数十万円を日本に送ることができました。

 

あれから一年経ち、そろそろまた弾きたいね、といった所で今度はうちでサロンコンサートを開くことになりました。ミュージシャンの顔ぶれは前回とほぼ同じでしたが、今回の招待客は家族や友人ら30人のみ。レセプション用の食事は両親が揮って全員分の手料理を準備し、うちのダイニングテーブルを並べ、和気あいあいとした雰囲気のなかで会話を楽しむことができました。

 

あくまで素人として(ましては練習に10年のギャップがあって)ですが、プロの演奏家と一緒に人前で弾くことができたのは、間違いなくペース・メソッドによって音楽の基礎をしっかり身につけたからだと思います。今現在、こうやって音楽を通して新しい友人を作り、聴衆客とコミュニケーションをとり、地域の人たちと交流できることには、とても感謝しております。

 

 

                                                                                              ≪ 『研究会ジャーナル』 No.47 (2012年5月号より抜粋) ≫