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2013/09/23

今、ピアノの先生に求められるものは

「今、ピアノの先生に求められるものは

 

ジャパンディヴィジョンエリア・コーディネーター 神保洋子

「うちの子どもも今年で中学三年になりますから、ピアノのおけいこはずいぶん続けたので、そろそろいいのではないかと思います。学校もいそがしくなってきたし、今月で終わりにします」とあるお母さんが、ピアノの先生のところに言ってきました。実はこのお母さんに限らず、これは一般的な考え方で、そういう考え方をしている保護者は普通です。

ピアノをやってみたけれども演奏家になる才能はなさそうだし、音楽家になれる見込みもないからピアノを続ける意味がない、というのは間違っています。

ロバート•ペースの著作『初見奏と演奏解釈法』から引用しますとハーバード大学の教授で心理学者のハワード•ガートナーの言っていることが目につきます。“言葉の場合、将来の言語能力の達成はかなり学校教育で行われますが、これに反し、音楽は私どもの文化の中では比較的低い位置に置かれており、文盲は容認されています”すなわちハワード•ガートナーのようなレベルの高い知識階級の間では言語能力と音楽能力は同等のものとして考えられています。

続いてロバート•ペースは最近のリサーチでは、音楽経験が子どもたちのI Qを伸ばし、また聴くだけでも子どもたちの読解力のスコアを上げる(ワインバーガー1998)という結果にも触れています。

 

またロバート•ペースはピアノを弾くということは思考と身体のコーディネーションの音楽的問題解決という点で他の教科との共通点が多いけれども、更に時間的な要素があり、同時に多くの要素に注意を払いながら常に変わるアイディア、行動、気持ちの相互作用に浸らなければならない、心と体の調和によるすばらしい訓練を要求していることにも触れています。

 

もちろんピアノが弾けて、(上手、下手にはあまり関係なく)仲間とあるいは家族みんなと弾き合うことも、あるいは聴衆の前で演奏することができることも、それは素晴らしいことです。けれども、自己の向上のために常にピアノが弾ければそれはまた、更に素晴らしいし、嬉しいことです。ピアノを弾くすべての人にそのことが解ってもらえるように私たちは努力しなければなりません。

 

ですから今ピアノの先生は大人になっても忙しくなっても続けられるピアノを弾くということに主眼を置かなければなりません。それにはロバート•ペースの著作をまた何度も読み返して必要なことをすべてやっているかどうか確認してください。

 

ハワード•ガートナーは、またその著書『In the Frame of mind:心の輪郭』の中で“The Theory of Multiple Intelligence”『多重知能の理論』を唱えていますが、知性の一つの基本的な要素として問題解決能力をあげています。

 

演奏曲目、聴音、初見、和声、テクニック、移調奏(もちろんペース•メソッドでは全調の画期的な扱いがあります)、作曲と即興、分析、理論、そしてもちろん、それなりに本職はやっているとしても音楽性は生涯かけて磨きをかけていけるように、不可欠な学習内容は導入からそれなりのレベルで漏れなく、すべてを扱っていかなければなりません。

そして教育理論家、ジェローム•ブルーナーの考え方も上手に取り入れ、継続的な学習のためには常にそこに前提的蓄積が順序良く受け入れられているように、導入から心の柔軟性、頭の働き方、そして絶対に下を見なくてもよく働くタクティルと指の柔軟性、など身につけるようにします。

音楽の歴史には17、18、19、20世紀と続いて素晴らしいものが数限りなくあります。音楽を弾いて楽しみ、また人に聴いてもらって楽しむのも結構なことです。バッハとかベートーヴェンとか、多くの立派な作曲家たち、人間の歴史が生んだそうした素晴らしい楽曲を扱うことができれば、あるいは個々にその人のもちあわせた内容で、その人だけがもちあわせた美しい音楽を弾くようにしてもよいでしょう。

器用とか不器用とかに関わらず誰もが音楽を楽しみ合えるような社会になりたいものです。そういう社会ではお互いを尊敬し合い、助け合い、きっと平和で、争いごとは考えられなくなるに違いありません。

もちろんピアノが上達することは素晴らしいことですが、さらに音楽経験とその人の生活の内容に関して、結局言い換えれば社会全体との関わりを説いたところにペース•メソッドの魅力があります。

今ピアノの先生に求められているものは、おけいこをするのは子どもの頃だけではなく、大人になってからも、すべての人が音楽を楽しむ、そうした知識階級の人口を少しでも多く増やす役割を果たすことではないでしょうか。

※著作とは、ここでは論文を指しています。

 『研究会ジャーナル』No.49(2013年5月号)より抜粋